生きている本気度は違う

今一瞬を生きる。

なかなかそういう状態を思えることって難しいです。

人が生きている本気度、これはみんな違います。

しかし、ある条件下では本気度が変わると思います。

あまりミスの許されないような現場にいる人は仕事に向き合う本気度が高い可能性がある。

その日をなんとなく生きているっていう人は本気度が低い可能性がある。

例えば、あなたは病に侵され、余命一年しかないとなった時にあなたはどう考えるでしょうか?

もしかしたら、その現実に絶望する。

もしかしたら、その現実を受け入れ懸命に生きようと決意する。この場合は必然的に生きている本気度は高くなると思います。

今も現実残り少ないかもしれない余命を懸命に生きている人もたくさんいる。

例え、年齢が80歳であろうと、3歳であろうと。

現実は甘くはない。

生きようと思っても生きられなかった人ってたくさんいると思う。

自分たちが今こうやって携帯を見ることが出来る。

何かについて考えて動くことができる。

食べたい時、簡単に食べることが出来る。

当然当たり前のことが普通に考えずに出来ている。これは素晴らしいことだ。そして、本当に嬉しいことだ。

やはり価値観は人それぞれであって、自分自身の人生に向けての本気度は違う。

先程も言っているが、時間がなくなればなくなるほど本気度は増すと思う。(特殊な状況にならなければだが)

人生はどうなるかわからない。

明日死ぬかもしれない。

100歳まで生きられるかもしれない。

その人の人生がどうなろうと結局のところ考えるのは自分自身になってしまう。

そう考えると、普通に何事もなく生きている人に余命という概念は存在しないかもしれない。

自分自身が当たり前に感じられること自体が幸せだ。

この気持ちを忘れずに持ち続けたいと思います。

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