今さまざまなIT技術が進歩したおかげで私たちの身の回りには便利なもので溢れている。
こうしてブログを見れたりするのも進化しているおかげである。
しかし便利なことができるようになった分、私たちは楽をするようになってきている。
果たしてこれでいいのだろうか?
携帯電話が普及してスマホになり、世界各国の情報わいち早くキャッチ出来るようになっている。
調べたければすぐに情報が溢れ出てきている。
調べたいものごとによっては苦労して探し出すこともあるだろうが、本当に簡単に出てきてしまう(情報の真実は自分で選択、判断する必要があるが)
ひと昔前のアナログな時代を経験している人たちはかなり苦労して情報を手に入れているはずだ。
ましてやわからずに生涯を終えている人もたくさんいるはず。
それに加えて、AIの技術を発展させ、もっと様々な分野に活かそうとしている。
確かにAIが使えるようになれば物事の効率化が飛躍的に上昇するかもしれない。
しかしAIに埋め込まれた知識によってAIが考えることをたくさんさせればAIありきな世界になっていくだろう。
そうすると考えることが少なくなってしまい、どんどん私たちの脳は退化してしまうのでないだろうか?
もちろん、技術革新を図るため、考えを出すことは続けていくのだろうが、しかしながら、昔の時代の人たちのような創造性に富んだ考え方はできなくなってしまうかもしれない。
AIに未来を託すことで僕らは衰退していくのかもしれない。
それで私たちは本望だと思うのであればいいのだが、私たちの先の遺伝子を受け継ぐ子たちの時代になった時どうなってしまうのだろうか?
人の一生は短い。地球からしてみれば微生物並にどうでもいいことなのかもしれない。
死んだ後の先はわからない。死後の世界なんてわからない。
ただ有るべき自然をそのままにしておきつつ、発達すべき産業は発達する。
いやぁ、こんなバランスがとれることなかなか難しいかもしれない。
しかしながら生きていられることには感謝しなければならないと思う。
何かとてつもない天変地異が起きて地球は新しく創生されるかもしれない。
私たちの未来はわからないが、未来を造っていくのが私たち。
今の私はAIより自然に還る浄化を行うべきではないかなと思います。

